【ドキュメンタリー】35歳で余命宣告がん患者・藤田憲一氏の「命」の描き方

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最後の望みをワクチン療法の臨床試験に賭けた。
2006/7/20の出来事。
出典:TBSYouTube

 

siiです。ガン情報共有の記事を書かせて頂いています。

今回は、藤田憲一氏のドキュメンタリーについて書かせて頂きます。

藤田氏は”ホリエモン”世代のIT社長で、スキルス性胃がんで既に2006年10月12日にお亡くなりになっています。告知が2004年7月でした。

注意:本シリーズ・本記事は、がん(癌,ガン,cancer)についての医療的情報を確実性をもって伝えるものではありません。

 

告知後即座に手術

藤田憲一氏のドラマはトップ画像のドキュメンタリーから各自ご確認ください。

本記事では、病状について掘り下げさせて頂きます。

まずスキルス胃がんの告知が上述の通り2004年7月でした。

その後2004年8月に即座に入院し、胃を全摘します。

一旦、これで解決したかのように(つまり治療が済んだかのように)思われました。

仕事にも復帰し、2005年12月にIT社長に就任します(この辺りのビジネス的経緯は本記事では深堀しません)。

 

再発

問題は、その後でした。

年明け2006年1月に”腹痛”という形で再発が生じます。

大腸における内容物過多という形で、腹膜播種が発見されます。

ライブドアの堀江貴文が逮捕されたのは、この同じ月の1月23日のことでした。

 

緩和ケアへ

放射線治療も、抗がん剤治療も不可となり、いわゆる緩和ケア、つまり痛みのない終末期医療に移ることを担当医にすすめられたのは、2006年4月7日でした。

トップ画像の臨床参加へと藤田憲一氏が最後の望みを託したのは、その後のことでした。

 

非認可薬

私がこのドキュメンタリーを見て思ったのは、非認可抗がん剤(のようなもの)に賭ける、ガン患者の思いでした。

決して”医師のモルモット”として、患者はそこに行き着くのではなく、生きる意志が強い藤田憲一氏のような人が、そこに至るのだと思いました。

重粒子線治療を選ぶ膵臓癌サバイバーチャンネルさんも、同じようなケースだと受け止めています。

 

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本記事はここまでになります。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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