ぺぺ長谷川 さん と 近藤誠 氏 ②:手術はしなかったのか

がん(について考える)

 

 

こんにちは、siiです。ペペ長谷川さん(故人1966-2023, 享年56歳)のガン治療についての考えを追っています。

 

ぺぺ長谷川 さん と 近藤誠 氏 ①:当初の考え方
こんにちはsiiです。 ペペ長谷川さんは、ダメ連という知る人ぞ知る集団(?)で1990年代に活躍(?)したかたです。 Wikipedia:だめ連 Wikipedia:ペペ長谷川 彼のガン治療の考え方は、今でも私たちに疑問を投げかけています。...

 

引き続き彼の考えを追って行きましょう。

 

ぺぺ「がんになりました」  だめ連ラジオ「熱くレヴォリューション!」39回

 

14分ごろから再開します。

 

内容まとめ

 

⑤ 15:00ごろ 標準治療と長谷川誠氏(標準治療=外科手術否定派)の間で、両方言い分は理解していた。

⑥ 17:00ごろ ペペさんの最初のガン診断で、転移はなかった。だから標準治療派(中野総合病院)からは手術を強く勧められた。

⑦ 18:30ごろ 正式名称は、肝門部胆管癌(かんもんぶたんかんがん)。手術に対して絶対安全はない、という認識がペペさんにはあった。

⑧ 20:00ごろ 切るか切らないか(外科手術を受けるか受けないか)について、標準治療と長谷川誠氏(標準治療=外科手術否定派)の間で判断がつかなくなっていた。ドレナージュにすら危険はある、と考えていた(ドレナージュはやったのか?)

⑨ 23:00ごろ 一番近い友人である神長恒一(かみなが こういち)氏は、手術を勧めていたようにみえる。

⑩ 24:30ごろ ドレナージュは受けていない!外科手術は1つも受けていない。医者の方からも(標準治療肯定派)からは、それでいいよ、というリアクションを受け透かしを食ったような印象をペペ氏は持っていた。

⑪ 29:30ごろ 元々ガン発見のきっかけになった黄疸(おうだん)=目の中が黄色くなったのも継続。根治しなければ、目の症状も治らない。

⑫ 33:00ごろ ドレナージュとは、管を体内に入れる手術らしい。ドレナージュそのものはガン切除を前提としないものがあり(それは標準治療派から見ればクエスチョンマーク付きのものであるが)、近藤誠氏は、それなら容認。

⑬ 36:00ごろ ペペ氏は、ガンが転移(たとえ最初の診察でそれはなかった、と肯定的に診断されたとしても=⑥)している、あるいは違う仕方で「広がっているのではないか」という印象は持っていた。

⑭ 39:00ごろ とにかく標準治療派の牙城(病院・入院)からは離れ、通常の生活に戻り、病院を出て(検査入院はしていたもよう)、大阪などに出かけることにした。

⑮ 40:00ごろ 極端な意見を聞きたくなった。それは自然治療とか、漢方医療など(あるいは先進医療、要するに代替医療)の異端派(過激派)の意見を聞きたくなった。実際、そういう人と電話をした。しかし、王道派(標準治療)の考えは世間に浸透している。それは「恐怖・藁にも縋りたい」という心情から出たことも、ペペ氏は認めている。過激派からは、「(外科手術から)逃げてもいい」とも言われた。

⑯ 44:00ごろ 奇妙なことだが、近藤誠氏は近代医療側で、異端派・過激派には分類されない、とペペ氏は考えていた。

⑰ 47:00ごろ 手術を受けるか受けないかについて納得いくまで考えたいという気持ち(⑧)と、ガンの潜在的拡大への恐怖(⑬)の間でジレンマ状態に陥っていた。

⑱ 51:00ごろ 逃げ(外科手術を受けたくない!)と休息(納得いくまで考えたい!)という気持ちが大半を占めている。神長恒一氏は依然として(⑨)、手術を勧めている。ただ、ペペ氏の現状(⑮~⑰)を考えると、ペペ氏のペースに巻き込まれてはいけない。問題は死だ、と周囲に居る人(ダメ連的な取り巻き)と叫ぶ。

⑲ 54:00ごろ ペペ氏は体調が非常によい。だからガンの自覚がない。ペペ氏は酒を飲んでいる(YouTube収録時)。実際、酒を飲んで、ガンは大丈夫だった・・・という事例(⑮の「インタビュー」で本人が聞いた)に心を動かされている。「もしかしたら、今の悩みは後になって『馬鹿だなあ』で済むかもしれない」とも思っている。

⑳ 1:00:00ごろ 「あくつよこ」さんは酔っぱらって参加(30分前くらいから)。あくつよこさんは、母親がガン(子宮がん、乳がん、咽頭がん=最後で大変だった)で死去したもよう。ペペ氏のお見舞いに来ていたらしい。「待たない、待たない」とペペ氏に忠告(病院側にも事情があるうんぬん)。

㉑ 1:05:00ごろ 「あくつよこ」さんの母は、ガン治療、特に最後の咽頭がん辺りの治療に公開していたように思えた。

㉒ 1:06:00ごろ 近藤誠氏の「診断結果」は、「難しい」というものだった。「長生きできないのだから、手術はしてもしなくてもよい」というものだった。

㉓ 1:10:00ごろ 取り巻きの男性が「父親も難病にかかっている。だから・・・」という議論をするが、他の男性が「特攻隊精神みたいな議論は不毛だ」と止める。

㉔ 1:14:00ごろ 神長恒一氏は再度「手術を受けてほしい」と言う。ペペ氏のガン告知から2週間後の話。ペペ氏「メンタル的には3週間目で落ち着く、というのが本に書いてあること」。そしてその通りになったもよう。

㉕ 1:16:00ごろ Facebookなどで公開(ガンを)したことで、ネット検索以上の情報が入ってきている。とにかくペペ氏は大阪に行く計画(なんのためかは不明)。

㉖ 1:17:00ごろ 取り巻き(ダメ連の友人たち)が帰り(・・・てはいないみたい)、神長恒一氏とペペ氏のみで話す。雨が降っている(小便の音もする)。ペペ氏「まだ序章」。神長恒一氏泣く。

 

以上でした。この後、ペペ氏はなにもしなかったのか・・・ここに焦点を合わせて、ひきつづき他動画も参照したいと思います。

 

蛇足ですが、やはり酔っ払いの議論はダメだな、というのも本動画を聞きながら思ったことでした。それは㉑あたりから、他の参加者が話し始めた時、強く思ったことでもありました。

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